AUTOMATIC TRANSLATION 15 LANGUAGES

Click the title name of " AUTOMATIC TRANSLATION 15 LANGUAGES " from a basic site in Japanese, and select only one from the following languages, please. English Korean Air Lines Flight 007 Russian Інцидент з рейсом «Korean Air» 007 Chinese …

KAL007大韓航空機撃墜事件-目撃録Ⅱ     最重要『解決の糸口』2024年(37)

米軍偵察機RC-135は、ソ連極東の領空侵犯を既に行っていた。国連事務総長ハビエル・ペレス・デ・クエヤル時代(1981〜1992)の国際司法裁判(国連裁判)において、「米国大統領ロナルド・レーガンは、RC-135によるソ連国境付近の偵察と領空侵犯に関して、米国…

KAL007 大韓航空機撃墜事件-目撃録Ⅰ  (36)

目撃や証言は、部分的な事実として信憑性があり、KAL 007についての報告・目撃は、場所の違い、時間的なズレ、訳語としての多少の違いがあるとしても全て事実と考えられる。目撃談以外は、国際水域や日本領海に流れ着いたKAL 007航空機の破片、所持品、貨物…

この文章を書くまでの経緯_Ⅲ(33)

水没したKAL007と乗員乗客 スウェーデン製ミハイル・ミルチンク号が、1983年9月3日から回収作業をしていた場所は、46"27N,141-13Eで、モネロン島北24km地点付近だった。ミルチンク号の外見はスウェーデン製石油掘削船だが、その仕事の依頼主はソビエト太平洋…

この文章を書くまでの経緯_Ⅱ(32)

2005年頃、KAL007事故現場付近の中立海域で潜水し、確認したことのある日本の民間人ダイバーによるブログを読み、考えさせられたことがあった。海底に引きずった跡のある海域は国際水域(中立地帯)で、「実際に潜水して見ると、その引きずり跡は海底に確か…

この文章を書くまでの経緯_Ⅰ (31)

1983年9月1日、大韓航空機が撃墜された日、私はテレビも無く新聞も取っていない暮らし方だった。その夜、大学の友人である橋詰から電話がかかり、中沢がその便に乗っていたという知らせを受けた。驚きというより信じることが難しかった。夏季休暇の間、中沢…

チュンビュインKAL007機長(30)

Chun Byung-In and the river of Oymyakon by Russian TV ①ロシア番組Reindeerのオイミャコン(2004年頃撮影編集) ②ロシア番組Reindeerのオイミャコン(2004年頃撮影編集) ③民間人捕虜の強制労働Ⅱ(1985~1990年頃撮影) ④民間人捕虜の強制労働Ⅰ(1984~1990…

核戦争後の世界(29)

1983年、大韓航空機撃墜事件後の10月31日と11月1日の2日間、アメリカ合衆国ワシントンDCで行われた「The World after Nuclear War」の記録があり、生物学者Paul R.Ehrlichと 天文学者Carl Saganによって「THE COLD AND THE DARK」としてまとめられ、出版され…

米国ジョージ・シュルツ国務長官      「生存者はいない」公表の根拠(28)

KAL-007が撃墜された翌日、アメリカ・ニューヨーク時間(UTC-4)9月1日午前11時45分、米国ジョージ・シュルツ(George Pratt Shultz)国務長官が、記者会見とテレビニュースで正式に発表した「生存者はいない」という根拠がどこにあったか、もう一度確認しなけ…

KAL007乗員乗客リストと座席番(27)

ボーイング747座席配置図と爆発状況 KAL007爆発状況の解説 KAL007便はボーイング747-230B型で、47Aの座席背後は非常口用の通路と2列の休憩席だった。エコノミークラス全部が1室で、トイレ(洗面室)とキッチン(厨房)は10m前にあり、現在の747-400のように…

KAL007乗員乗客リストと座席番号(26)

Num Name Title Age State Country Seat 001 Ahn In-Soo Ms 28 Bronx, NY USA 38D 002 Diane 003 Ariadej Sammy Baby 8 months Bronx, NY USA 38D 004 Avecilla Josefina Miss 40 New York Philippines 49A 005 Yoon-Jong Mr New York Korea 17D 006 Bahk Mr…

KAL007機体の海底移動(25)

MONERON ISLAND MAP:KAL007 explosion spot 46"27N, 141-13E, present spot 141-20E,46"35N KAL007の機体は、モネロン島北方約24kmの海底から引き上げられ、ほぼ完全な状態で海面に浮かばせたられた。それを韓国・米国・日本を初めとする他の国の船による干…

KAL007乗客の行方:中澤建志(24)

ロシアテレビ放送2003年頃 REF:Nomadic life on reindeer land Nakazawa Takesi(50 ages) in Saha Republic(Yakutia/Oymyakon) Hattori Tsugio 28, Nakazawa Takesi 22 ages,1980/1982.12.28/Recent home of Nakazawa,1991-2005- KAL007の生存者がいる…

大韓航空機撃墜事件の概略(23)

大韓航空機Boeing747-230B_HL7440 2Fの窓数10で同じ機種 ニューヨーク・ケネディ国際空港発JST13:05、アンカレッジ経由(JST21:50)ソウル行き大韓航空機KAL007は、1983年8月31日JST9月1日1時30分、カムチャッカ半島北東上空を通過。ソ連防空軍迎撃戦闘機は…

ヤマロ・ネネツ族Yamalo-Nenets(22)

青森県から出土されている遮光器土偶のマスクと同じ紫外線避け遮光器。円形で縦型に覗き溝のある遮光器もある。半年以上も夜が続き、闇夜にすっかり目が慣れると、太陽が出始める季節に雪原が見えなくなる。その時にも着用している。青森県と東北一帯、日本…

KAL007便生存者存命の可能性(21)

CI120中華航空機炎上Video那覇空港1997年 Open this video from Japanese version please この状態であれば、燃料タンクが爆発した後でも乗員乗客は怪我が無ければ脱出する事ができる。燃料タンクの爆発は、ボワンとした爆発だった。非常口を開けると脱出用…

JAL123 航空機事故を参考(20)

航空機事故の機内状況が、その生存者によって記録として知らされる事は少ない。航空機事故の現実は下記のようであった。 日本航空123便墜落事故 1985年8月12日午後6時56分 高度7,200m 死亡520人 生存4人 墜落地点:群馬県多野郡上野村御巣鷹の尾根 JAL ボー…

国連裁判で「意図された領空侵犯」の判決理由(19)

国連裁判で「意図された領空侵犯」の判決理由 KAL007コクピットのミサイル攻撃される前の会話で「Thank you out.」と言った人は誰か。そしてその意味は何か。「ライナーでアウト」の意味があるが30年間引っ掛かりがあり、何が終了したか。野球の審判のような…

精神矯正収容所と精神医療(18)

北極海に面した北方シベリアでは古来からシャーマンの宗教的儀式にイボテン酸を含むベニテングタケが用いられていた。それは精神に作用する薬物LSDで、微量であれば心地良さがあり、少し多くなると幻覚作用ある。 LSDは、1953年にカナダで開発され、囚人の社…

ラリー・マクドナルド議員の運命(17)

ローレンス・ラリー・パットン・マクドナルド議員の消息 Lawrence Larry Patton McDonald 1983/His face-photo on News paper 1983/From the video scene of ①Chukotka EALAT Info,March 2008(元合衆国の乗客)1985~1990年頃撮影 ②民間人捕虜たちを載せた…

アブラハム・シフリンの再調査-2(16)

アブラハム・シフリンとリサーチセンターの情報 KAL007で生き残った乗員乗客が救出された結果、サハリンKGB基地へ連行されたとシフリンは断定している。1983年9月4日までサハリン対岸のシベリヤ本土ソビエツカヤ・ガバンKGB基地へ連れて行かれた。その場所で…

アブラハム・シフリンの再調査-1(15)

1993年まで、KAL007の乗員乗客は全員死亡とロシア共和国大統領ボリス・エリツィンによって宣告されていたが、アブラハム・シフリンはKAL007便の生存者がいる事を告発した。シフリンの話によれば、乗客はKGBによって捕らえられ、荷物と一緒に矯正収容所へ連れ…

KAL007事故後の遺体処置_推理(14)

日本の遺族とロシア海軍による残骸掘り起こし1993年 捕虜収容所日本人墓地2007年8月1日 戦時下における特殊法令の場合、機内に残っていた乗員乗客の部分遺体は、9月4日から6日以内に網に集めてモネロン島で火葬した。機内にあったバッグや手荷物、衣服内のパ…

ロマネンコ将軍と乗員乗客の靴(13)

Floating on water after the crashing of aircraft 「CIA報告」米国共和党局員によるCIAへの報告書草稿 スミルニク空軍基地戦闘機師団長代理ノボセレツキー中佐は、日の出時刻30分前に救助ヘリコプターMi8を墜落地点付近へ送るように指示し、極東軍管区司令…

バディム・コンドラバエブの報告(12)

海底の航空機ウィング 1983年9月10日の夜、私は他のダイバーたちとバレンツ海で救助艇とダイビングの仕事に取り組んでいました。そうしたら航空母艦が接近してきて、16人のダイバーたちと一緒に、直ちにタタール海の事故現場まで行くように命令されました。…

消えた乗員乗客(11)

燃料タンク内のガスが噴出して燃えている墜落飛行機 "But there was no fire in the Boeing - that is for sure. Things ware intact, although all thoroughly saturated with kerosene" Izvestia 6 February 1991. 「しかし、ボーイングに火事はありません…

コクピット・ボイステープの信用性(10)

Black-box:航空機用ブラック・ボックスは、目立たないように工夫され、最大400時間以上収録する事ができる物もある(航空機用は2時間以上)。奥がコクピット・ボイス・レコーダー、真中がフライト・レコーダー KAL007操舵室に設置されてあったブラックボッ…

KAL007_コクピット会話Ⅱ(9)

Boeing747-230B 下の機器がINS機長 チュン・ビュン・イン Chun Byung-In 千炳寅 副操縦士ソン・ドン・フイ Son Don-Fui 航空機関士キム・ユイ・ドン Kim Yui-Don <グリニッジ標準時間GMT18:00:00 日本時間JST03:00:00> 18:15:52 聞き取れる程度の音でモー…

KAL007_コクピット会話Ⅰ(8)

Boeing747-230B コクピット <3:15:52-3:27:46a.m. 1st Septmber 1983> 機長チュン・ビュン・イン Chun Byung-In 千炳寅 副操縦士ソン・ドン・フイ Son Don-Fui 航空機関士キム・ユイ・ドン Kim Yui-Don03:01:03 Kim 「人はこのように生きなければなりませ…

綾里大気環境観測所(7)

Korean Air Linesの航路上空/綾里崎から牡鹿半島。右側:大気環境観測所 大船渡市綾里崎に気象ロケット観測所(現在:大気環境観測所)があり、その観測所では、1976年ごろから70km上空まで気象ロケットを打ち上げ、対流圏(0〜11km)・電離層(20〜25km)・…