コクピット・ボイステープの信用性(10)


Black-box:航空機用ブラック・ボックスは、目立たないように工夫され、最大400時間以上収録する事ができる物もある(航空機用は2時間以上)。奥がコクピット・ボイス・レコーダー、真中がフライト・レコーダー

 KAL007操舵室に設置されてあったブラックボックスのボイステープは、初めソ連が入手し、9年間所持している事を否定していた。その後、国連部局ICAO(国際民間航空機関)に渡され、フランスのBEA(飛行機事故調査と安全飛行勧告部門)で解読するように、このテープの調査が依頼された。ソ連がロシア共和国に変わり、ボリス・エリツィン大統領がフライトレコーダのテープDFDRとボイステープCVRを国連に提出した物で、このテープはさらに何本か複製され、ダビングされている。ロシア共和国はオリジナルテープを所有し、BEAはその複製を後から再調査できるように何本も、さらに国連でもこのテープの重要性を考慮し、何本か複製している。コリンズ社のこのテープが合成されたものか、信頼できるものか、雑音箇所なども可能な限り調べられてある。

Boris Yeltsin and Bill Clinton,1999 
ブラックボックスのボイステープから確認できる事実>

  1. このテープの音声が、本人のもので、他の誰かによって芝居として作成された声ではない。
  2. 27:04の解読不能箇所がテープのキヅによるものか、略された言葉か不明。
  3. 27:26以後の記録が故意に消されている可能性もあり、会話の内容を部分的に修正できる箇所もある。
  4. ミサイルの爆発時間と東京管制塔への連絡時間や内容に関して一致しているので、このテープ内容を修正したり調整する必要はない。
  5. 調整や変更をすることによって得られることは、このテープの信頼性を意図的に無くす目的と考えられる。
  6. ボイステープ4本のうちのひとつで、最も重視される会話だが、この前と続きもある。アンカレッジ出発後の雑談は他のテープに録音されている。プロダイバーのバディム・コンドラバエブ(Vadim Kondrabaev)はレコーダーとボイステープを9月15日、海底で発見した。その時までボイスレコーダーとフライトレコーダーが収まっていたブラックボックスは、海底に残されていた。
  7. 減圧のため緊急降下し、酸素マスクを付けてからは会話無しでテープが終了している。ブラックボックスであれば、ここでテープが終了するはずは無く、ソ連にとって「KAL007乗員乗客の運命が明確に解る個所」なので、緊急降下以降の終盤テープをカットして除去し、つなげてから厳重に保管し隠したか、もともとの未修正ボイスレコーダーを同じ品番の新しいボイスレコーダーにコピーし、意図的に削除した。

燃料タンクが爆発して機体下部の外壁が壊れても、ジャンボジェット機ボーイング747の1F2Fと操舵室は爆発せず、1F天井まで後ろから沈みはしたものの、しばらくの間(5分~10分)海上に浮かんでいた。その間、正常にブラックボックスが作動していた事は、その後の航空機事故例を調べ、比較検討すれば、はっきり判る。





U.S.A.President Ronald Wilson Reagan
 ソ連側ではこのテープを修正する事で、信用の無い物にする事ができる。そうする事によって「スパイ幾説」の反証となるソ連政府軍部とKGBに不利になる事実を隠すことができる。ソ連政府はオリジナルの未修正ボイステープを持っている事が十分に考えられ、それが、この事件の証拠となる鍵を握っていた。ソ連がロシア共和国に変わった後、KAL007のコクピット・ボイステープをロシア政府が所有し、隠し持っていた事実が国連に発覚。ロシア共和国大統領ボリス・ニコラエヴィチ・エリツィンによって、そのテープ(未修正オリジナルか、終盤を削除したコピーか不明)はICAOへ提出された。

 KAL007事件に関してアメリカ合衆国ロナルド・レーガン大統領は、ソ連政府に対し、「うそつき」「悪の帝国」とののしり、「まさにスターウォーズだ」と記者会見で公言した時もあった。アメリカ人の話で、合衆国ではロシア語、スペイン語など5ヶ国語が選択科目で、ロシア語を学んでいる学生が比較的多い。ソ連では英語が必修科目だった。


 ソ連軍部上層の指導者や管理者は、核実験が拡大化してゆくのを目の辺りに観察してきた世代で、人命に対する価値観が民間人と異なっている。旧組織の中では能力や機能が行動心理学的に優先される。アメリカ軍捕虜が、その実験台に使用されていたのではないかという懸念が、合衆国軍部の核実験見学情況から予想されていた。放射能の危険度や遺伝する程度を調べるため、半ば実験台にされていた兵士も多かった。参謀や将軍クラスは、核実験がある度、それを鑑賞してきた世代で、いわゆる創造、生産の反対にある破壊、壊滅の世界であった。

しかし、ミハイル・セルゲーエヴィチ・ゴルバチョフロナルド・レーガンの首脳会談により、1987年12月8日、「中距離核戦力全廃INF条約」が締結され、冷戦が一旦おさまったように民主主義、自由主義国からは見える。


 ソ連側では、「KAL007の乗員乗客は全員死亡」と事件後間もなく報告公表しているが、その根拠となる事実と経過、証拠が隠され、明らかにされていない。KAL007事件で乗員乗客はどうなったか、生存者はいたのではないかという真相究明の問題は解決されていず、閉ざされた状態のまま放置され現在に至っている。KAL007爆発後の仕事にあてられたソ連の3隻の船とモネロン島の作業報告書、撮影された写真やビデオが公表されれば、この事件は具体的にはっきりするはずである。


注意:機内会話(その2)の録音は、ソ連政府と参謀本部KGBに不都合な箇所が部分的に無いため、最後の個所以外無修正と考えられる。解読不可の所は、意図的に何かで擦られ聞き取れなくされているか、マイクロフォンの性能が悪かったか不明。記録テープとしての役割上、製品価値として粗悪録音という事はない。解析可能なテープだったに違いない。3時18分06秒に介入したモールス信号の内容は、解読可能箇所で知らされていない。そのモールス信号が増幅し、その後の1分34秒間が解読不可になっている。しかし、後から「警報用モールス信号を電波で発信した」とオシポビッチ防空軍少佐はさらに細かく朝鮮日報特派員に状況を説明した。
ソ連当局は、「夜間、領空侵犯したスパイ機を撃墜し、海面に激突して粉々になった」「機体の中には誰もいなかった」と国営放送しており、オシポビッチ防空軍少佐とソコル防空軍基地の無線を傍聴していた内容から、「大韓航空機KAL007はソ連機によって撃墜された」と日本政府と合衆国政府が判断して報道された事件であった。ソ連側では、初め撃墜を否定していたが、9月5日、国連で合衆国側が撃墜した時の交信テープを英語訳テロップテープとして公表したために、大韓航空機KAL007が撃墜された事件としてテレビや新聞で報道された。しかし事実、雲の上ではそのように見えていたが、エンジン4基が正常だったため、手動操縦によって雲の下で低空飛行し、海上に不時着水。燃料漏れをしていたため、燃料タンクに引火して大爆発を起こした。雲から下の降下から爆発までの状況を日本のイカ釣り船乗組員8人が目撃していた。
民事ではどこまでも真実が追求される。しかし、冷戦下の軍部では行動心理・社会心理が優先され、結果のために様々な作戦が練られた。ソ連最上層部では、アメリカ人をいかにしてだますか、参謀本部作戦会議が開かれていた。当時のソ連は冷戦軍事体制下にあり、秘密警察KGBが政治的に有力だった。勝つための結果が良ければ、おとり、見せかけ、罠、隠蔽は、作戦として重要で必要な事であった。

ロシア大統領ボリス・エリツインによってICAO国際民間航空機関に渡されたKAL007のフライトレコーダーとボイスレコーダーは、外見が海水に浸かった痕跡のあるボックスか、新品のボックスかまではICAOで公表していない。中身のレコーダー自体はダビングコピーして入れ換える事が可能で、その時に不時着水前後のフライトレコーダーテープとボイスレコーダーテープをカット(又は消去)し、ダビングコピーした2つのブラックボックスが返還された。その結果、旧ソ連政府当局は、「パイロットたちが酸素マスクを外した後から、海上に不時着水し、機体が海面下に沈みELT自動遭難信号を発するまで」の元々の未修正記録テープを所有し、保管隠蔽している事になる。
オリジナル原本が一つしかない報告書や重要書類などは、コピーが渡される場合が多く、ソ連政府の参謀本部会議やKGB委員会等では、そうする事が当たり前だった。
この時期、国連がブラックボックスボイスレコーダーとフライトレコーダー)の返還をソ連政府に要請したとしても、オリジナルかダビングコピーかは指定しなかった。この場合、着水前後が含まれているオリジナルを返還するはずがなく、テープの最後の個所をカットして取り外し、他のレコーダーに保存した可能性が高い。
 事故や遭難等で海水に浸かったブラックボックスの中身は、海水を入れたクラーボックスの中に浸けた状態で箱ごと運ばなければ酸化して変色劣化しやすい。オリジナルを保存したとしても、新品ダビングテープより経年劣化しやすいため、予備に1台か2台コピーする必要があった。
脚注22:テープをカットするより「消去して最後の個所まで回した」方がこの場合は無難。結果としては、最後の個所を消去したダビングテープが返還された事になる。
どこに保存したかは、当時の旧ソ連軍部とKGB書記長しか知らない場所か空調設備の整っている軍部用保管倉庫で、ロシア大統領専用の金庫や保管倉庫と異なっていた。軍部が管理する資料倉庫については、年期が限られている大統領には知らされていないはず。
 9月9日、オガルコフ参謀総長によるモスクワ共同記者会見で「夜間侵入機を撃墜した」事が正式に報道された後、ソコル防空軍基地には、ソ連最新鋭戦闘機Mig-31が配備され、「ソコル防空軍滑走路沿いの戦闘機がいつの間にか一新されていた_オシポビッチ防空軍少佐談」。

 合衆国では、1988年まで存在自体が極秘扱いされていたネバダ州ゴーストタウン、核実験演習場トノバー空軍基地米空軍42号(ロッキード工場10号)で開発されたステルスF-117(ナイトホーク)のテスト飛行を1982年に終え、トノバー空軍基地に配備され始めていた。ステルスF-117は黒色で、レーダーに映らない(又は映りづらい)夜間用戦闘機で爆撃機だった(ステルス機は、雲の上を飛行すれば、地上レーダーに映らない)。
(C)Junpei Satoh/The truth of Korean Air Lines Flight 007, 14 September 2012-2024-