2010-01-01から1年間の記事一覧

チュンビュインKAL007機長(30)

Chun Byung-In and the river of Oymyakon by Russian TV ①ロシア番組Reindeerのオイミャコン(2003~2005年) ②ロシア番組Reindeerのオイミャコン(2003~2005年) ③民間人捕虜の強制労働Ⅱ(1985~1990年) ④民間人捕虜の強制労働Ⅰ(1984~1990年) ロシア連邦…

核戦争後の世界(29)

1983年、大韓航空機撃墜事件後の10月31日と11月1日の2日間、アメリカ合衆国ワシントンDCで行われた「The World after Nuclear War」の記録があり、生物学者Paul R.Ehrlichと 天文学者Carl Saganによって「THE COLD AND THE DARK」としてまとめられ、出版され…

米国ジョージ・シュルツ国務長官      「生存者はいない」公表の根拠(28)

KAL-007が撃墜された翌日、アメリカ・ニューヨーク時間(UTC-4)9月1日午前11時45分、米国ジョージ・シュルツ(George Pratt Shultz)国務長官が、記者会見とテレビニュースで正式に発表した「生存者はいない」という根拠がどこにあったか、もう一度確認しなけ…

KAL007乗員乗客リストと座席番(27)

ボーイング747座席配置図と爆発状況 KAL007爆発状況の解説 KAL007便はボーイング747-230B型で、47Aの座席背後は非常口用の通路と2列の休憩席だった。エコノミークラス全部が1室で、トイレ(洗面室)とキッチン(厨房)は10m前にあり、現在の747-400のように…

KAL007乗員乗客リストと座席番号(26)

Num Name Title Age State Country Seat 001 Ahn In-Soo Ms 28 Bronx, NY USA 38D 002 Diane 003 Ariadej Sammy Baby 8 months Bronx, NY USA 38D 004 Avecilla Josefina Miss 40 New York Philippines 49A 005 Yoon-Jong Mr New York Korea 17D 006 Bahk Mr…

KAL007機体の海底移動と残骸(25)

MONERON ISLAND MAP:KAL007 explosion spot 46"27N, 141-13E, present spot 141-20E,46"35N KAL007の機体は、モネロン島北方約24kmの海底から引き上げられ、ほぼ完全な状態で海面に浮かばせたられた。それを韓国・米国・日本を初めとする他の国の船による干…

KAL007乗客の行方:中澤建志(24)

ロシアテレビ放送2003年頃 REF:Nomadic life on reindeer land Nakazawa Takesi(50 ages) in Saha Republic(Yakutia/Oymyakon) Hattori Tsugio 28, Nakazawa Takesi 22 ages,1980/1982.12.28/Recent home of Nakazawa,1991-2005- KAL007の生存者がいる…

大韓航空機撃墜事件の概略(23)

大韓航空機Boeing747-230B_HL7440 2Fの窓数10で同じ機種 ニューヨーク・ケネディ国際空港発JST13:05、アンカレッジ経由(JST21:50)ソウル行き大韓航空機KAL007は、1983年8月31日JST9月1日1時30分、カムチャッカ半島北東上空を通過。ソ連防空軍迎撃戦闘機は…