KAL007乗員乗客リストと座席番(27)

ボーイング747座席配置図と爆発状況


KAL007爆発状況の解説

  1. KAL007便はボーイング747-230B型で、47Aの座席背後は非常口用の通路と2列の休憩席だった。エコノミークラス全部が1室で、トイレ(洗面室)とキッチン(厨房)は10m前にあり、現在の747-400のようにトイレはあったがキッチンによって2つに仕切られていなかった。席番にもズレがあり、47番はボーイング747-400に無い。しかし、747-400の40Aから42Aとだいたい同じ位置ある。
  2. KAL007の爆発直後、エコノミークラスで乗員乗客の毛布い引火し、爆発の破片で負傷した乗客たちは、仕切り前のビジネスエリート空席へ死にもの狂いで避難したにちがいない。全身火達磨の場合、腕で目を隠し、もがきながら前方へ歩こうとする。エコノミークラス前列であれば、次々に前の部屋へなだれ込んだ。エコノミークラスの乗員乗客は150名近くいた。Su-15TMが「撃墜した」とソコル空軍基地に報告できるほどの炎上の仕方であれば、後部座席1室まるごと、少なくとも50名以上は、ミサイルの爆発による放射熱で火達磨になった。エコノミークラス前列と後列で火傷を負いながら何とか非難できた乗員乗客の数は、限られている。爆発物の破片によって死傷、大怪我をしていない人々が背後からの火炎で燃えながら移動できた人数は、50名から100名前後ではないかと推測できる。エコノミークラスの前半分は、リクライニング・シートで放射熱は防げたはずで、炎の間合いを見ながら前方の部屋へ駆け込めた。爆発場所から後ろの座席の乗員乗客の顔は、金属破片と放射熱で怪我や火傷をし、気絶した人は焼け死んだ。
  3. 爆発後、43秒間で500mから1,000m上昇した時の機内角度は、最初は緩やかに10度から20度程度であれば、火炎に追われながらも20秒以内に前の席の方から50名から100名近く移動できた可能性がある。

「太陽が沈まない」

  1. KAL007の生存者がかなり多くいたとしてもロシア風に改名し、過去の自分の名前を記憶していても思い出す必要が無い状態にされている。先住民の戸籍登録が完全になされていないロシア過疎地の地方自治区であれば、ロシア名で新規に移民登録した場合、KAL007の乗員乗客は書類や法律上で、もはやロシアに存在していない状態となる。
  2. タイガとツンドラの中間地帯であれば、-50℃まで下がり、−50℃以下までさがる地帯は樹木が生えない。トナカイの肉を焼いて食べる場合は、斧や鉈、樹木が必要で、その臨界地帯から離れると樹木がないため、生肉で生きざるを得ない。
  3. もし、戦時下民間人捕虜の扱いであれば、アブラハム・シフリンが言っていたように、強制収容所の周辺で自活することを強いられる。アムール川森林地帯で2年間伐採の重労働をした後、1985年にペレストロイカが提唱されてから、野生のトナカイが群生するシベリアで最も過疎地のネネチアNenetsia、 ヤマリアYamalia、 クラスノヤルスクKrasnoyarsk、 サハSakha、 北東のチュコツカChukotka自治区に配置移動させられた。
  4. 連絡が取れたKAL007の生存者がほとんどいないと言う事は、何がしかの規制が行われている。アブラハム・シフリンのリサーチセンターが調査した話が現実であれば、KAL007便の生存者は、自分の名前すら思い出せない、あるいは思い出す必要性が無いように要領よく記憶を消され、先住民や開拓民と同じようにシベリアの自然に適応させられている。
  5. 電気の無い-70℃まで下がる極北の地でトナカイと一緒にテント生活をすることを、中沢建志は望んでいたか。どちらの生活環境が良いかは本人しか知らない。社会主義国で新規に戸籍登録をした人は、地域別共同施設を使用したりコミュニティーに参加することができたとしても、結果的に国外からの拉致、誘拐ではないか。もし中沢建志が死なずに生きているということを確認する事ができ、本人であると自分で言うことができれば、さらにKAL007の乗員乗客の過半数がロシアにいるという事がはっきりすれば、国際法では政府とKGB組織ぐるみの犯罪ということになる。TVで放送されたり、訴訟を起こすだけで、再び他の過疎地へ移転することを余儀なくされ、どこへ行ったか判らない状態にさせられる手口は、社会主義国による拉致に共通している。
  6. 上層部の管理者にKAL007の乗員乗客の行方が極秘に口頭で報告されていたとしても、提出された書類上で「生存者はいない」という報告しかなされていない。定住型上層管理社会と、移動型底辺層の管理者、西ロシアと東ロシアに初めから著しいズレが生じていた。
  7. 東ロシアは前人未踏の未開地が多い。移動しながら生活する先住民、遊牧民であれば、戸籍など必要とされず、30年前であえば人口数さえはっきりしていない。トナカイが群生する無人地帯へ放置。過疎地の場合は、その方法が外国人捕虜に対する定例的で手間のかからない処置と、初めから知っていたとしか考えようがない。 


KAL007生存者存命の可能性
 現在居る地点がどの辺りか、見当がつかないKAL007の生存者たちが、極東のバッファゾーンと言われる生物保存地域付近で生活している。その可能性は非常に高い。アラスカに最も近いシベリア大陸、極東の果て、チュコツカChukotkaにもトナカイが群生している。しかしチュコツカのツンドラ地帯に樹木は生えていない。雪の下は草原。トナカイの乳、血と生肉しか食料が無い。ベーリング海峡85kmは、冬に凍結するということをアメリカ人であれば何人かが知っている。しかし氷が割れている場所があったら、さらに国境付近で隠れる場所が無い場合、ヘリコプターで狙い撃ちされる危険性もある。
 衣服などで以前の文化圏や国柄が解るので、民族衣装や毛皮で隠すことに反対している元自由主義国の人々、アメリカ人やニューヨーカー捕虜も撮影されている。元々の運命的な国家間の犠牲となっている問題を曖昧にするため、コミュニティー・ディスカッションによる懐柔策を取り、自治体への斡旋を行っている。Inariとは日本語の稲荷(いなり)。ラーゲリの外国人捕虜ということには触れていず、それを知っていたとしても面白いライフ・スタイルとして英語で紹介している。-50℃まで下がるタイガ地帯での彼らの生活環境は厳しく、テント住まいをCampus homeと言っている。ラーゲリの監視をゆるめ、自治体あるいは共和国に変わりつつあるサハ・ヤクーティアの油田開発やダイヤモンド鉱山の給料は、1ヶ月200〜250ルーブル(800〜1,000円)。移民キャンプ生活者には、元外国人捕虜、拉致被害者、移住者なども含まれているが、エスニックグループは少ない。



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(C)Junpei Satoh/The truth of Korean Air Lines Flight 007,12 February 2010-2014